2019年07月21日

歴代志下

歴代志下

「王国存続の条件としての正しい礼典」

歴代志下の礼典の強調は、レビ記を想起させます。

レビ記では「聖なるものに対する畏れ」の感覚を触発することを目ざしていますが、歴代志下では、「礼典の職権の確立」が志向されています。

@神殿建築に集中したソロモンの栄光(歴代志下1-9章)

この部分は、
「天地を造られたイスラエルの神、主はほむべきかな。
彼はダビデ王に賢い子を与え、これに分別と知恵を授けて、主のために宮を建て、また自分のために、王宮を建てることをさせられた」(歴代志下2:1-17:18)
という、ツロの王の讃辞をはじめとして、そこには、壮麗無比な神殿建立のため、すべての富と財を、そそぎ出したソロモンが描き出されています。

その上、ソロモンの礼典への忠誠については、
「ソロモンは廓の前に築いておいた主の祭壇の上で主に燔祭をささげた。
すなわちモーセの命令に従って、毎日定めのようにささげ、安息日、新月および年に三度の祭、すなわち種入れぬパンの祭、七週の祭、仮庵の祭にこれをささげた。
ソロモンは、その父ダビデのおきてに従って、祭司の組を定めてその職に任じ、またレビびとをその勤めに任じて、毎日定めのように、祭司の前でさんびと奉仕をさせ、また門を守る者に、その組にしたがって、もろもろの門を守らせた。
これは神の人ダビデがこのように命じたからである。

祭司とレビびとはすべての事につき、また倉の事について、王の命令にそむかなかった」(歴代志下8:12以下)
と記述されています。

【参考】(「ソロモンの晩年」の列王記の記載)

「ソロモン王は多くの外国の女を愛した。
すなわちパロの娘、モアブびと、アンモンびと、エドムびと、シドンびと、ヘテびとの女を愛した。
主はかつてこれらの国民について、イスラエルの人々に言われた、『あなたがたは彼らと交わってはならない。
彼らもまたあなたがたと交わってはならない。
彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせるからである。』
しかしソロモンは彼らを愛して離れなかった。
彼には王妃としての妻七百人、そばめ三百人があった。
その妻たちが彼の心を転じたのである。
ソロモンが年老いた時、その妻たちが彼の心を転じて他の神々に従わせたので、彼の心は父ダビデの心のようには、その神、主に真実でなかった。
これはソロモンがシドンびとの女神アシタロテに従い、アンモンびとの神である憎むべき者ミルコムに従ったからである。
このようにソロモンは主の目の前に悪を行い、父ダビデのように全くは主に従わなかった。
そしてソロモンはモアブの神である憎むべき者ケモシのために、またアンモンの人々の神である憎むべき者モレクのためにエルサレムの東の山に高き所を築いた。
彼はまた外国のすべての妻たちのためにもそうしたので、彼女たちはその神々に香をたき、犠牲をささげた。
このようにソロモンの心が転じて、イスラエルの神、主を離れたため、主は彼を怒られた。
すなわち主がかつて二度彼に現れ、 この事について彼に、他の神々に従ってはならないと命じられたのに、彼は主の命じられたことを守らなかったからである。」(列王記上 11:1-10)


A亡国の必然、礼典の蔑視(歴代志下10-29章)

「金の子牛」をつくり、祭司らを迫害したヤラベアムは、アビヤ(ユダの王・レハブアムの息子)との戦いで敗れましたが、アビヤの戦勝については、
「ヤラベアムは伏兵を彼らのうしろに回らせたので、彼の軍隊はユダの前にあり、伏兵は彼らのうしろにあった。
ユダはうしろを見ると、敵が前とうしろとにあったので、主に向かって呼ばわり、祭司たちはラッパを吹いた。
そこでユダの人々はときの声をあげた。
ユダの人々がときの声をあげると、神はヤラベアムとイスラエルの人々をアビヤとユダの前に打ち敗られたので、イスラエルの人々はユダの前から逃げた。
神が彼らをユダの手に渡されたので、アビヤとその民は、彼らをおびただしく撃ち殺した。
イスラエルの殺されて倒れた者は五十万人、皆精兵であった」(歴代志下13:13以下)
と解説されています。

礼拝所につかえる祭司たちが、戦闘においても、勝利の秘訣をにぎる動因であったとするこの発想が、歴代志下の意図であることは、ユダの王ヨシャパテが、公平な裁判を確立するため、
「レビびと、祭司、およびイスラエルの氏族の長たちをえらんでエルサレムに置き、主のために裁判を行い、争議の解決に当らせた」(歴代志下19:4以下)
という事例にもうかがえます。

歴代志下のこのような発想は、モアブ人、アンモン人、メウニ人らの大軍がユダを攻め、これと戦いを交じえる時に、ヨシャパテのとった策略にも顕著に表われています。

彼は、
「民と相談して人々を任命し、聖なる飾りを着けて軍勢の前に進ませ、主に向かって歌をうたい、かつさんびさせ、
『主に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない』
と言わせた。
そして彼らが歌をうたい、さんびし始めた時、主は伏兵を設け、かのユダに攻めてきたアンモン、モアブ、セイル山の人々に向かわせられたので、彼らは打ち敗られる」(歴代志下20:20以下)
と記しています。

もっともヨシャパテにも、弱点がありました。
彼は、
「主の目に正しいと見られることを行った」
と言われていながら、
「しかし高き所(偶像礼拝所)は除かず、また民はその先祖の神に心を傾けなかった」(歴代志下20:21以下)
と指摘されています。

その彼は悪を行ったイスラエルの王アハジヤと商業的目的のために相結びましたが、それは主の目にかなわず、失敗に終わったことがしるされています(歴代志下20:35以下)。

またユダの王ウジヤは、
「神を恐れることを自分に教えたゼカリヤの世にある日の間、神を求めることに努めた」
といわれていますが、自己の地位が確立され、権力的に自信を得はじめると、その心は高ぶり、
「主の宮にはいって香の祭壇の上に香をたこうとし」、
祭儀の秩序を踏みにじった結果、引きとめようとした、
「祭司に向かって怒りを発している間に、重い皮膚病がその額に起り」、
ウジヤは死ぬ日まで重い皮膚病の人として隔離されていたとしるされています(歴代志下26:16以下)。

歴代志下が、「礼典への忠誠」を選民の本質とみていることは、歴代志下の記述の全体的特徴ですがが、その代表的な例の一つは、ヒゼキヤ王についての言及です。

「礼典への忠誠」を選民の本質とみる歴代志下の発想を、ヒゼキヤが代弁させられていることです。

第一に、祭司およびレビ人の職権への関心の強さは、歴代志下の特徴の一つですが、ヒゼキヤは、祭司とレビ人を前にして、あえて、
「レビびとよ、聞きなさい」
と、レビ人の特別な使命感を喚起して、イスラエルの先祖の罪に説き及び、それは、
「主を捨て、主のすまいに顔をそむけ、うしろを向けた罪」
であるとし、
「聖所でイスラエルの神に香をたかず、燔祭をささげなかった」
「礼典の軽視」こそ、主の怒りを招いた原因であるとして、レビ人に選民の運命がかかっていることを銘記させています(歴代志下29:4以下)。

祭司よりもレビ人に、より好意的である歴代志下にして初めて記しえたであろうと思われるのは、
「これはレビびとが祭司たちよりも、身を清めることに、きちょうめんであったからである」(歴代志下29:34)
という言及です。

なお、このこととの関連で、注目されるのは、祭儀において、
「祭司たちとレビびとは立って、民を祝福したが、その声は聞かれ、その祈は主の聖なるすみかである天に達した」(歴代志下30:27)
という記述です。

レビ人が民衆を祝福したとされていることは、祭司とレビ人の長い「職権の規定」の歴史においては画期的なことです。
民数記では、それは祭司のみに限られた特権だったからです 。

【参照】
「レビ部族を近寄らせ、彼らを祭司アロンにつき添わせ、彼に仕えさせよ。
彼らは会見の天幕の前で、アロンの任務と全会衆の任務を果たして、幕屋の奉仕をしなければならない。」(民数記3:5〜7)。
(レビ人は神に仕え、祭司に仕え、そしてイスラエルの人々に仕える者だったのです。)


「歴代志下は、闘争による特権の獲得を律法的規定としてしるしながら、その上に歴代志下の大目的である「礼典的国家観」をのべている」(『渡辺善太全集』第4巻、773頁)。

また「律法書の発見と宗教改革の指導者」として知られるユダの王ヨシヤの事蹟の記録中、歴代志下がそのクライマックスとして評価しているのは、全国的に祝われた「過越の祭」です(歴代志下35章)。

ヨシヤは、イスラエルの人々が、貧しい者も、例外なく、これを守れるよう、全財宝を投げ出したことが指摘され、その結果この行事は、
「預言者サムエルの日からこのかた、イスラエルでこのような過越の祭を行ったことはなかった。
またイスラエルの諸王のうちには、ヨシヤが、祭司、レビびと、ならびにそこに来たユダとイスラエルのすべての人々、およびエルサレムの住民と共に行ったような過越の祭を行った者はひとりもなかった。
この過越の祭はヨシヤの治世の第十八年に行われた」(歴代志下35:16以下)
ものとして、最高の評価を与えています。

歴代志下全体の結尾には、
「その先祖の神、主はその民と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その使者を彼らにつかわされたが、彼らが神の使者たちをあざけり、その言葉を軽んじ、その預言者たちをののしったので、主の怒りがその民に向かって起り、ついに救うことができないようになった」(歴代志下36:15以下)
と言い、バビロン虜囚という破局を招いた責任が、選民の側にあることを銘記させています。

この選民の破局は、エレミヤの預言の成就とみられ、ペルシャ王クロスの元年に王として、
「主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた。
あなたがたのうち、その民である者は皆、その神、主の助けを得て上って行きなさい」
と言わしめたのは、「隠れた歴史の支配者」が、彼は知らずとも、神はクロスを用い、クロスの霊を感動された主であることを宣言しています。


posted by 道川勇雄 at 14:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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