2019年07月21日

エズラ記

エズラ記

「神殿復興と血統的粛清の不可分性」

この時代は、民心がもっとも沈滞した時(紀元前5世紀半ば)です。
その時、捕囚地バビロンから「学士」エズラが故国に持ち帰った「モーセの律法の書」がありました(エズラ書7章、ネヘミヤ記8:1以下)

この律法書がエルサレムで朗読され、「申命記改革」の時のように、「一大覚醒」が起こり、沈滞した民心に強烈な神的刺激が与えられたのです。

この律法書が何であったかは、古来、問題とされてきました。

あるものはこれを「律法」(モーセ五書)とし、あるものは「祭司法典」とし(モーセ五書中の最後の史料)、あるものは「祭司法典」中の「聖潔の律法」としています。

しかし、この「覚醒」に当って是正された諸点から見てこれを「祭司法典」とするのが定説となっています。

「祭司法典」は、出エジプト記の25-31章です。
「聖潔の律法」は、レビ記17-26です。

どちらも長いので、引用を避けて、「聖潔の律法」の要点だけ、下記します。

【参考】「聖潔の律法」の要点

レビ記17-26章が、「聖潔の律法」です。

この律法書の中心は、
「イスラエル人の全会衆に告げて言え。
あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。」
という言葉によって示されています(レビ記19:2、20:7-8、20:26、21:6-8、21:15、21:23、22:9、22:16、22:32)。

この律法書はおそらく虜囚地バビロンで与えられたものでしょう。

国家の独立を失い、虜囚地に移された人々が、その悔改の精神を表現するため、その生活の外形的「聖潔」に重点を置くようになった結果、モーセ的起源を持つ考えられた諸規定の断片を、収集編纂して制定されたものでしょう。

この律法書は「契約の書」と同様、それ自身独立して存在しているものではなく、レビ記中に保存されています。

その目的は、
「あなたがたはわたしに対して聖なる者でなければならない。
主なるわたしは聖なる者で、あなたがたをわたしのものにしようと、他の民から区別したからである。」(レビ記20:26)
という言葉によって表現されています。

イスラエルが背信の罪に陥り、偶像礼拝を行なうようになったのは、「異邦人との接触」にその原因をもったので、異邦人から隔離することで、その選民としての聖潔を保とうとしたのです。

 

エズラ記は、歴代志下の末尾をうけて、ペルシャ王たちを感動させることによって、神殿復興を実現に導かれた「上からの摂理」に対する、「下からの応答」を訴えています。

@神殿復興のために「異邦権力をも用いる主」(エズラ記1-6章)

かつて、エジプトの奴隷であった民を救出するため、また、異邦人に「選民の神の力」を示すためエジプト王・パロ王の心をかたくなにした主が、今は異邦人の王、ペルシャ王クロスの心を感動させて、エルサレムに神殿を復興させらるのです。

この工事は幾度か挫折させられました。

サマリヤ人や地元民のあくどい妨害にもあいました。

その時、選民を鼓舞激励するため預言者ハガイやゼカリヤが遺わされました(エズラ記5:1以下、6:14等)。
 
しかし異邦権力の下におかれている選民には、預言者と同時に異邦の王たちの協力が不可欠だったのです。

ですから、神殿建築の完成は、ペルシャ王クロスをはじめ、その後継者ダリヨスやアルタシャスタによるところが多かったのです。

「ユダヤ人の長老たちは、預言者ハガイおよびイドの子ゼカリヤの預言によって建て、これをなし遂げた。
彼らはイスラエルの神の命令により、またクロス、ダリヨスおよびペルシャ王アルタシャスタの命によって、これを建て終った。
この宮はダリヨス王の治世の六年アダルの月の三日に完成した」(エズラ記6:13以下)
と記述されています。

アルタシャスタ王の7年に、イスラエルの人々および、祭司、レビ人、歌うたう者、門衛、宮に仕えるしもべなどがエルサレム入りましたが、同年五月バビロンからエルサレムに到着したエズラも、ペルシャ王アルタシャスタの背後に、彼の心を感動させた主を仰がされました。

「われわれの先祖の神、主はほむべきかな。
主はこのように、(ペルシャ)王の心に、エルサレムにある主の宮を飾る心を起させ、また王の前と、その議官の前と王の大臣の前で、わたしに恵みを得させられた。
わたしはわが神、主の手がわたしの上にあるので力を得、イスラエルのうちから首領たる人々を集めて、わたしと共に上らせた」(エズラ記7:27以下)
とは、学者であり祭司であるエズラの告白と讃美です。

A神殿復興と選民的浄化の不可分性(エズラ記7-10章)

この部分は、バビロンからエルサレムに帰還したイスラエル人が、神殿にささげる奉納物に関して、祭司エズラから指導を受けたことにふれていますが、そこには、エズラの予想しなかった至難な課題が、待ちうけていました。

それは、選民の指導階級をふくめて、多くの者が「異邦人と雑婚」している事実を告げられたからです。

その結果は、「聖なる種」が諸国民とまじった、という恐るべき事実でした。

それを耳にした時のエズラの極限状況が、
「わたしはこの事を聞いた時、着物と上着とを裂き、髪の毛とひげを抜き、驚きあきれてすわった。
イスラエルの神の言葉におののく者は皆、捕囚から帰って来た人々のとがのゆえに、わたしのもとに集まったが、わたしは夕の供え物の時まで、驚きあきれてすわった」(エズラ記9:1以下)
という告白に露呈されています。

「わが神よ、わたしはあなたにむかって顔を上げるのを恥じて、赤面します。
われわれの不義は積って頭よりも高くなり、われわれのとがは重なって天に達したからです。
われわれの先祖の日から今日まで、われわれは大いなるとがを負い、われわれの不義によって、われわれとわれわれの王たち、および祭司たちは国々の王たちの手にわたされ、つるぎにかけられ、捕え行かれ、かすめられ、恥をこうむりました。
今日のとおりです。
ところがいま、われわれの神、主は、しばし恵みを施して、のがれ残るべき者をわれわれのうちにおき、その聖所のうちに確かなよりどころを与え、こうしてわれわれの神はわれわれの目を明らかにし、われわれをその奴隷のうちにあって、少しく生き返らせられました。
われわれは奴隷の身でありますが、その奴隷たる時にも神はわれわれを見捨てられず、かえってペルシャ王たちの目の前で、いつくしみを施して、われわれを生き返らせ、われわれの神の宮を建てさせ、その破壊をつくろわせ、ユダとエルサレムで、われわれに保護を与えられました。
われわれの神よ、この後、何をいうことができましょう。
われわれは、あなたの戒めを捨てたからですーー」(エズラ記9:6以下)
というエズラのざんげととりなしの祈りは、選民における、神殿復興と血統的粛清の不可分性を銘記させます。

「神の宮の前に泣き伏して祈り、かつざんげした」エズラの熱意は、ついに、異邦の女をめとった者たちが、
「その女たちをその子供と共に離縁した」
というエズラ記の結末を生み出しています。

祭儀礼典を力説する歴代志につづくエズラ記が、選民の「神殿復興」と、「血統の粛清」の不可分性を強調することには、深い意味があります。

この両書を通して、
「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。
見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。
そむくことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである」(サムエル記上15:22以下)
というサムエルの警告を、想起させられます。

この「礼典的忠誠」と、「血統的粛清」とは、聖書が選民性を、「祭司の国・聖き民」と規定していることからあきらかなように、両者は緊張的に保たれるべきである、ということです(出エジプト記19:6)。

選民失格の致命性を、「異邦人との雑婚」という社会的現実をもって暴露するエズラ記は、誘惑に負け、異邦人との雑婚によって、その「聖い民」としての本質を失いつつある選民の汚れた現実を見つつ、なお神殿建造を急ぐ、ということは、神に選ばれた「イスラエル」のみの特殊性を証しするとともに、主の選びの愛の究極的勝利に対する執念の表われでしょう。

この点は、「雅歌」を想起させます。


posted by 道川勇雄 at 14:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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