2019年07月24日

ヨハネの第三の手紙

ヨハネの第三の手紙

「真理のための同労者としての教会指導者」
 
イエスの弟子たちについての記述でも、驚くべきことは、彼らがすこしも理想化されず、美化されてもいないということです。

彼らの弱さとか欠陥は、多くの場合、誰よりも積極的であったペテロによって大写しにされていたことは推察するにかたくありません。

その記述のうちでも、最も大胆だと思わせるのは、弟子たち相互間に見えかくれした勢力争いの暴露です。

とりわけルカによる福音書は、その師イエスをかこむ最後の過越の食事のあとでの弟子たちの争論は、
「自分たちの中でだれがいちばん偉いだろうか」(ルカによる福音書22:24)
ということだったと報じています。

そればかりではありません。

ヨハネによる福音書も、復活の主から「わたしに従ってきなさい」といわれたペテロが、「ふり返った」ことと、その意味について、きわめて鋭い洞察を示していました(ヨハネによる福音書21:15ー22、以下参照)。

【引用】
「彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、
『ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか。』
ペテロは言った、
『主よ、そうです。
わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです。』
イエスは彼に、
『わたしの小羊を養いなさい』
と言われた。
またもう一度彼に言われた、
『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか。』
彼はイエスに言った、
『主よ、そうです。
わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです。』
イエスは彼に言われた、
『わたしの羊を飼いなさい。』
イエスは三度目に言われた、
『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか。』
ペテロは『わたしを愛するか』とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、
『主よ、あなたはすべてをご存じです。
わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています。』
イエスは彼に言われた、
『わたしの羊を養いなさい。
よくよくあなたに言っておく。
あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。
しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。
そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう。』
これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。
こう話してから、
『わたしに従ってきなさい』と言われた。
ペテロはふり返ると、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのを見た。
この弟子は、あの夕食のときイエスの胸近くに寄りかかって、『主よ、あなたを裏切る者は、だれなのですか』と尋ねた人である。
ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、
『主よ、この人はどうなのですか。』
イエスは彼に言われた、
『たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい。』」(ヨハネによる福音書 21:15-22)


上記引用のように、召命が、全く横との比較を許さない、「上から」の単独者的のそれであることを示されました(ヨハネの第三の手紙21:22)。

ヨハネの第三の手紙は、そのことを、
「みんなのかしらになりたがり、隣に立つ同労者を口ぎたなくののしり、伝道を妨げている」
個人と、
「真理への忠誠をもって貫かれた」
個人との名をあげて、
「真理のための同労者」
となるための相互扶助が教会指導者間の急務であることを訴えています。


ユダの手紙に指摘は、「恵みを放縦な生活に変えた」ということで、「精神的な次元」から、「動物的な次元」への落ち込みのすさまじさが暴露されています。
世界22億のキリスト者の中にも、この「動物的な次元」に落ち込んだ人が多いのでしょう。


posted by 道川勇雄 at 05:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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