2019年07月21日

イザヤ書

イザヤ書

「『苦難の僕』に結晶する選び主の怒りと忍耐」

イザヤ書は、その規模からいっても、預言書中、最大であるばかりでなく、その内容も前半(イザヤ書1-39章)と後半(イザヤ書40-66章)は、歴史的状況からは、全く別個の時代のものであることはあきらかです。

聖書各巻の意図を求めることは、著者の時代的背景を再現することでも、預言者イザヤを歴史的に位置づけることでもありません。

現在そこに一書としておかれているイザヤ書の意図を求めることが、その目的です。

@聖かつ正なる「ヨベルの主」への裏切り(イザヤ書1-39章)

ふつうイザヤ書の前半(イザヤ書1-39章)は、審判の預言で、後半(イザヤ書40-66章)は、訓慰の預言として対照されます。

「天よ、聞け、地よ、耳を傾けよ、主が次のように語られたから、
『わたしは子を養い育てた、しかし彼らはわたしにそむいた。
牛はその飼主を知り、ろばはその主人のまぐさおけを知る。
しかしイスラエルは知らず、わが民は悟らない』」(イザヤ書1:2以下)、

「あなたがたがささげる多くの犠牲は、わたしになんの益があるか。
わたしは雄羊の燔祭と、肥えた獣の脂肪とに飽いている。
わたしは雄牛あるいは小羊、あるいは雄やぎの血を喜ばない」(イザヤ書1:11)、

という言葉が示すように、礼拝がたとえ形式的に守られていても、主にとっては全く耐えられない、憎むべきものでしかないのです。

「わたし(主)は、それを負うのに疲れた」(イザヤ書1:11以下)
と言わせるようなものになっているのです。

それは何故でしょうか。

主は「公平と正義」をのぞまれるのに、「礼拝者の手は血まみれ」だからです(イザヤ書1:15)。

「礼拝する者」と「礼拝される対象」との致命的くいちがいを要約しているのが、
「ぶどう畑についての主の愛の歌」(イザヤ書5章全体)
です。

「それで、エルサレムに住む者とユダの人々よ、どうか、わたしとぶどう畑との間をさばけ。
わたしが、ぶどう畑になした事のほかに、何かなすべきことがあるか。
わたしは良いぶどうの結ぶのを待ち望んだのに、どうして野ぶどうを結んだのか」(イザヤ書5:3以下)、

「万軍の主のぶどう畑はイスラエルの家であり、主が喜んでそこに植えられた物は、ユダの人々である。
主はこれに公平を望まれたのに、見よ、流血。
正義を望まれたのに、見よ、叫び」(イザヤ書5:7以下)、
と言われ、その結論として、
「しかし万軍の主は公平によってあがめられ、聖なる神は正義によって、おのれを聖なる者として示される」(イザヤ書5:16)
と記されています。

社会的正義をふみにじりつつ、なお選び主との交わりが確保されているとおもうところに、選民の致命的な錯覚があるのです。

それをついているのが、
「おのは、それを用いて切る者に向かって、自分を誇ることができようか。
のこぎりは、それを動かす者にむかって、みずから高ぶることができようか。
これはあたかも、むちが自分をあげる者を動かし、つえが木でない者をあげようとするのに等しい」(イザヤ書10:15以下)
という言葉です。

「あなたがたは転倒して考えている」(イザヤ書29:16)
ともいわれています。

神の聖なることは、これまでもくり返し力説されてきました。

イザヤ書の意図は、
「神の聖と社会的正義の不可分性」
という捉え方にあります。

この真理をさとらない民に対して主は怒りを発したもうたのです。

そして民がこの背信から立ち直るのは、木が切り倒されるとき、その切り株が残るように「聖なる種族はその切り株である」という言葉に象徴されているようにこの遺残者を媒介として、メシヤの国、ひいては神政国が建てられる時だと言います(イザヤ書6:13、32章等)。

神政国のメシヤの名は、
「『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』」
ととなえられ、その政治は公平と正義をもって貫かれる」(イザヤ書9:6以下、11:1以下)。

その神政国では、いかに弱く貧しい者でも、他者の犠牲にされることなく、その生をまっとうすることのできる社会です。

だがそのような徹底した平和の実現は、
「水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちる」(イザヤ書11章)
ことを条件としています。

いと小さい者の象徴として、小羊、子やぎ、小さいわらべ、乳のみ子があげられていますが、それは、「ヨベルの年」の告げる真理、即ち、「より強い者がより弱い者の弱さを負う」ということですから、結果として、高ぶる者が低くされ、貧しい者が高められる逆転を意味します(イザヤ書2:12、10:15、10:33、13:11、16:6、29:16以下、33:19、35:5-6、37:23、37:29等)。

A「苦難の僕」における選民の負債感の触発(イザヤ書40-55章)

この部分からは、捕囚後の訓慰の預言に移っています。

前半と後半をつなぐものは、前半にも強調されていた価値逆転の思想です(イザヤ書42:16、52:13、53章、57:15五、60:22等)。

「呼ばわる者の声がする、
『荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。
もろもろの谷は高くせられ、もろもろの山と丘とは低くせられ、高低のある地は平らになり、険しい所は平地となる。
こうして主の栄光があらわれ、人は皆ともにこれを見る』」(イザヤ書40:3以下)
という言葉にも、富める者が失い、貧しい者が祝福を受けるヨベル的価値逆転が、主の栄光の顕現の条件です。

その論理からいうと、自己の狭さ・浅さ・低さを知らず、高ぶっていた選民イスラエルは、その捕囚の破局を通して、へりくだらされるべきでした。

「ヤコブよ、何ゆえあなたは、
『わが道は主に隠れている』
と言うか。
イスラエルよ、何ゆえあなたは、
『わが訴えはわが神に顧みられない』
と言うか。
あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。
主はとこしえの神、地の果ての創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい」(イザヤ書40:27以下)
と言われています。

つまり、自ら招いた亡国という経験で、神の愛をはかり、神の力をあなどるべきではない。
主は、異邦の君クロスをさえ用いたのだ(イザヤ書45:4以下)。

「主はいわれる、
『虫にひとしいヤコブよ、イスラエルの人々よ、恐れてはならない。
わたしはあなたを助ける。
あなたをあがなう者はイスラエルの聖者』」(イザヤ書41:14)
であるからだという。

亡国の悲運も、無限に高く・深く・広い「選び主の聖手(みて)の否定と肯定」において、受けとり直せ、という訴えです。

イザヤ書42章以下で、きわめて特徴的な記述があります。
それは、この部分からは、現実の選民イスラエルと、いわゆる「苦難の僕」像とが、ある時は重なり合い、ある時は単数で、ある時は複数で、というふうに別れた形で記されていることです。

「彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。
彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する者」(イザヤ書42:2-4)
として紹介されている部分は、現実のイスラエルには、まったく該当しません。
 
イザヤ書53章の「苦難の僕」は、あきらかに、
「われわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれ」、
「多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした」
と言われているように、万民に代わって神の前に罪のとりなしをする祭司です。

選民こそは、「祭司の国・聖き民」(出エジプト記19:6)とされたからには、この「苦難の僕」の在り方こそ、選民の在り方として期待されていたものです。

以上のことからの帰結は、この「苦難の僕」は、「在るべき選民」が指示されているということです。

「在るべき選民」の象徴が大写しにされる時、在るがままの、現実のイスラエルのそれは、「在るべからざる姿」として暴露されてきます。

そうすると、この「苦難の僕」とは、限りなく高い者が、代わって苦しむことにおいて(代償的死)、自らを限りなく低くした姿です。

自らを限りなく低くした「苦難の僕」の姿が、
「彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
彼は悔られて人に捨てられ、悲しみの人で,病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。
われわれも彼を尊ばなかった。
まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと」(イザヤ書53:2以下)
という描写に映し出されています。

背信のイスラエルに対してなお、
「山は移り、丘は動いても、わがいつくしみはあなたから移ることなく、平安を与えるわが契約は動くことがない、と、あなたをあわれまれる主はいわれる」(イザヤ書54:10)
という、全く人の思いを超えた主のあわれみの背後には、この「苦難の僕」が、「世の罪を負う小羊」として先取されていたというより他ありません。

「主は人のないのを見られ、仲に立つ者のないのをあやしまれた。
それゆえ、ご自分のかいなをもって、勝利を得、その義をもって、おのれをささえられた」(イザヤ書59:16)
とある通りです。

そこに「豊かにゆるしを与える」主の秘密があります。

その主が、
「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。
天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ書55:8以下)
と言われる主です。

新約的にいえば、「十字架なきキリスト」を求める人の思いと,神の思いーー「十字架を必須とするキリスト」の致命的なくいちがいがここに先取されています。
イエスの十字架とは、「人間の考える理想国」と「神が提示する理想国」との激突です。

B栄光回復のための選び主の怒りと忍耐との相剋(イザヤ書56-66章)

「聖にして正なる主」は、その選民の社会において、公平と正義が、ふみにじられたことに対し、激しく怒る主です。

この部分には、この主にあたっては、怒りを単純に貫徹できなくさせる苦悶ともいうべきものがあふれています。

それは、無限に自由な神が、誤りやすい有限者であるイスラエルを、すべてを賭けて選び、汚れた民を、妻として、これと契約関係を結んだ、という、比類ない矛盾から生まれる苦悶といえます。

主は、イスラエルの契約の主としては、栄光を他の者に与えることをしない、と固く決意されています(イザヤ書42:8、46:13、48:11、49:3等)。

「わたしはあなたが全く不信実で、生れながら反逆者ととなえられたことを知っていたからである。
わが名のために、わたしは怒りをおそくする。
わが誉のために、わたしはこれをおさえて、あなたを断ち滅ぼすことをしない。
見よ、わたしはあなたを練った。
しかし銀のようにではなくて、苦しみの炉をもってあなたを試みた。
わたしは自分のために、自分のためにこれを行う。
どうしてわが名を汚させることができよう。
わたしはわが栄光をほかの者に与えることをしない」(イザヤ書48:8以下)
という言葉にも、すでに、み名の栄光回復のための、主の怒りと忍耐との相剋が指摘されています。

「苦しみの炉をもって」その民を試みた人にして初めて、
「一つの国は一日の苦しみで生れるだろうか。
一つの国民はひと時に生まれるだろうか」(イザヤ書66:8)
という切実な設問ができるのです。

そのような怒りと忍耐の相剋を示す言葉としては、さらに、
「わたしはかぎりなく争わない、また絶えず怒らない。
霊はわたしから出、いのちの息はわたしがつくったからだ。
彼のむさぼりの罪のゆえに、わたしは怒って彼を打ち、わが顔をかくして怒った。
しかし彼はなおそむいて、おのが心の道へ行った。
わたしは彼の道を見た。
わたしは彼をいやし、また彼を導き、慰めをもって彼に報い、悲しめる者のために、くちびるの実を造ろう」(イザヤ書57:16以下)
という言葉があげられます。

だが、聖なる主は、いったい何をもって、その背く民を癒すといわれるのでしょうか。

それは、「ヨベルの年」の人格的具現者によってです。

なぜなら、
「主なる神の霊がわたしに臨んだ。
これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ、
ーーこうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために植えられた者ととなえられる」(イザヤ書61:1以下)
と言われているからです。

「より強い者がより弱い者の弱さを負う」ことを条件とする「ヨベルの原則」は、律法としてはレビ記にしるされていますが、選民はその原則には背を向け通しでした。

「ヨベルの年」の人格的具現者こそ、イザヤ書53章の証しする「苦難の僕」です。

新約聖書のルカによる福音書が、この視点からイエスを、「主のめぐみの年を告げ知らせる」(ヨベルの年)の人格的具現者として証ししています(ルカによる福音書4:16以下、7:36以下その他)。

【引用】
「それからお育ちになったナザレに行き、安息日にいつものように会堂にはいり、聖書を朗読しようとして立たれた。
すると預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を出された、
『主の御霊がわたしに宿っている。
貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。
主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、 主のめぐみの年を告げ知らせるのである。』」(ルカによる福音書4:16-19)


新約聖書になって、この「ヨベルの原則」、すなわち、「より強い者がより弱い者の弱さを負う」ことの内実は、十字架のキリストにおいて初めて、具現したことがあきらかにされることはいうまでもありません。

ただ、そのことをほのめかすような表現はあります。

「このエドムから来る者、深紅の衣を着て、ボズラから来る者はだれか。
ーー何ゆえあなたの装いは赤く、あなたの衣は酒ぶねを踏む者のように赤いのか。
わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。
もろもろの民のなかに、わたしと事を共にする者はなかった。
わたしは怒りによって彼らを踏み、憤りによって彼らを踏みにじったので、彼らの血がわが衣にふりかかり、わが装いをことごとく汚した。
報復の日がわが心のうちにあり、わがあがないの年が来たからである。
わたしは見たけれども、助ける者はなく、怪しんだけれども、ささえる者はなかった。
それゆえ、わがかいながわたしを勝たせ、わが憤りがわたしをささえた」(イザヤ書63章)
が、それです。

契約の故に、「聖にして正なる」主を裏切った選民に対する主の思いは、怒りと忍耐の相剋として啓示されました。

「在るべからざる姿」をさらした選民の罪を代わって負う者としてさし示された、「苦難の僕」こそは、この主の怒りと忍耐の相剋の実存的結晶です。

キリスト教会は、その初めから旧約聖書正典の権威を認め、その上に立っていました。

共観福音書によると、イエスはその「広野の誘惑」でも、申命記の言葉をもって「試みる者」に答えられ、その最後を詩篇22篇の言葉で閉じられました。

また、そのメシヤ(キリスト)としての自覚も、イザヤ書後半の(いわゆる第二イザヤ)「苦難の僕」の詩によって養われ、支えられたのでしょう。

このことはピリポ・カイザリヤ以後のイエスの言葉によっても現われています(マルコによる福音書8:27以下・平行節)。

イエスの死と復活ののち、使徒たちはこのイザヤの「苦難の僕」の詩によって師・イエスの死の意義を教えられ、後の「贖罪論」と「キリスト論」の基礎がすえられたのです。

【ユダヤ人が、メシア預言としていた箇所】
「その日、主の枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇、また光栄となる。」(イザヤ書 4:2)

「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。
まつりごとはその肩にあり、その名は、
『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』
ととなえられる。
そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。」(イザヤ書 9:6-7)

「わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。」(イザヤ書 42:1)

「海沿いの国々よ、わたしに聞け。
遠いところのもろもろの民よ、耳を傾けよ。
主はわたしを生れ出た時から召し、母の胎を出た時からわが名を語り告」(イザヤ書 49:1)

「主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、教をうけた者のように聞かせられる。
主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは、そむくことをせず、退くことをしなかった。
わたしを打つ者に、わたしの背をまかせ、わたしのひげを抜く者に、わたしのほおをまかせ、恥とつばきとを避けるために、顔をかくさなかった。」(イザヤ書 50:4-6)

「見よ、わがしもべは栄える。
彼は高められ、あげられ、ひじょうに高くなる。」(イザヤ書 52:13)

「主なる神の霊がわたしに臨んだ。
これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、 主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。
こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために植えられた者ととなえられる。」(イザヤ書 61:1-3)


【参考】
新約聖書が、イザヤ書から引用した箇所は膨大で、たとえば、ペテロがその説教中に、
⚫︎「私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。」、
⚫︎「神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。」
⚫︎「あなたが油をそそがれた、あなたの聖なるしもべイエス」
⚫︎「あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、」
なども、「僕(しもべ)」というただ一語の引用ですが、明らかにイザヤ書の「苦難の僕」の預言を熟知していたことを示すものです。
またこの説教がしるされた当時においては、この「苦難の僕」の預言が「イエス理解の鍵」となっていたことを示しています。



posted by 道川勇雄 at 14:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


< ▲トップページへ戻る >
ツイッター始めました。お気軽にフォロー・コメントどうぞ。(Twitter)