link.gif世界人口66億人。半数に当たる30億人が、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒として「(旧約)聖書」と関係を持っている。 同じ聖書から三者は、まるで異なった解釈を産み出している。 記述の仕方が悪いのか、あるいは読む側に問題があるのかである。 ここでは、それを解明していきたいと思っています。 新約聖書版は「クリスチャンと文盲」へ

link.gif聖書を中央に、右に渡辺善太氏の「聖書正典論」、左に岡村民子氏の「岡村民子著作集」。このブログは、孫娘への遺書です。2006年7月10日から2006年9月20日まで書いてあります。(聖句は、「J−ばいぶる」、制作・日本コンピュータ聖書研究会、発売・ライフソフトウェアから引用させていただきました。)

2009年02月22日

聖書と文盲・目次

聖書(旧約聖書)のイスラエル・ユダヤは、神に選ばれた「人類のモデル」です。
聖書は、その「人類のモデル」に対して、真のモデルになるように警告された事々の記録の書です。
「個々人の個性が活かされる共存共栄の世界」のモデルです。

イスラエル・ユダヤは、その警告にもかかわらず、「神に選ばれた」という自惚れだけで義務を果たさなかったために、神に滅ぼされますが、それに代わって「人類のモデル」として、神に選ばれたのが、新約聖書の「教会」です。

イスラエル・ユダヤに対する警告は、そのまま「教会」への警告でもあります。

どちらも、モデルに失格したからといって、「モデル失格」ではありますが、「人間失格」ではありません。



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●孫娘への遺書「聖書と文盲」



●はじめに@−−聖書とイエス

●はじめにA−−聖書の部分と全体

●はじめにB−−悪霊と聖霊

●はじめにC−−前提

●はじめにDーー天国

●はじめにE−−聖書の「救い」とは何か?




●支配欲からの「救い」ーー創世記

●猜疑心からの「救い」ーー創世記

●無用な行動からの「救い」ーー創世記

●徒党を組む性癖からの「救い」ーー創世記

●理想の自分と現実の自分のギャップからの「救い」ーー創世記

●逃避癖からの「救い」ーー創世記

●指摘されてもなお隠す性癖からの「救い」ーー創世記

●責任転嫁からの「救い」ーー創世記

●一部を全部とする性癖からの「救い」ーー創世記

●妬み根性からの「救い」ーー創世記

●都合の悪いことへの無関心からの「救い」ーー創世記

●復讐心からの救いーー創世記

●人の欠点、恥部をあげつらう性質からの「救い」ーー創世記

●人種差別からの「救い」ーー創世記

●コミュニケーション・ギャップからの「救い」ーー創世記

●ノアの洪水から、モデル事業、特区への転換ーー創世記

●「神の約束」―――――何を、誰に。ーー創世記

●エリート教育の目的ーー創世記

●異質な「縦の目線」の強調ーー創世記

●焦る時間からの解放ーー創世記



●聖別されていない「救い」は嘘である。ーー出エジプト記

●律法と福音(良き訪れ)ーー出エジプト記

●聖書の持っている自浄作用ーー出エジプト記

●力量に応じて働き、必要に応じて受けるーー出エジプト記

●聖書には「つまずき」が用意されているーー出エジプト記


●汚れは伝染するが、聖は上からしか伝わらないーーレビ記

●共存のための「相互扶助」−−レビ記
 
●慣れや習慣は、赦されずーー民数記

●英雄化、神格化への警告ーー申命記

●信仰は「賭け」ーーヨシュア記

●縦の目線と横の目線の交差点ーー士師記

●量より、質ーー士師記

●「マイナス」と「プラス」ーー士師記
 
●「前提」と「偏見」からの解放ーールツ記

●歌一つで身を滅ぼした男ーーTサムエル記

●神の選びの中か、その外かーーUサムエル

●神への熱心と自分への熱心――列王記T、U
 
●身のほど知らずへの警告――歴代誌T、U



●神の評価と、人の評価ーーU歴代誌。 追記1・特異な自虐的歴史観、追記2・「蛇ども、まむしのすえども」、追記3・「意味のない苦痛」「理由のない苦痛」

●聖書を一貫する「地位に応じた責任」ーーエズラ記

●聖書の現実と読み手の幻想・ネヘミヤ記

●神の「みこころ」など知る由もないーーエステル記

●「罪だ」「罪だ」に騙されるなーーヨブ記

●隠れた神にあっての受け取りなおしーー詩篇

●常識を失いがちな信仰者ーー箴言

>●何かに酔っていなければ虚無ーー伝道者の書

>●焦らないことーー雅歌

●クリスチャンは、論理的であることーー預言書

●「幻想」の暴きだしーーイザヤ書

●認罪のないところに、「神の平安」はないーーエレミヤ書 

●甘えに対する審判ーー哀歌
●自律と責任の主体ーーエゼキエル書

●決断先行ーーダニエル書

●姦淫を犯し続ける神の民ーーホセア書

●自己陶酔摘発の書ーーヨエル書

●甘えは、聖書(神の言葉)を判らなくするーーアモス書

●聖書の規範性に従えない者ーーオバデヤ書

●うぬぼれだけで、実が伴わないーーヨナ書

●「神」、「イエス」、「聖書」を語る者に騙されるなーーミカ書

●「神の復讐」に対する信仰ーーナホム書

●静かに待つーーハバクク書

●最後の審判の基準ーーゼパニヤ書 

●「聖」の感覚の欠落ーーハガイ書

●自らを「傍観者」と知れーーゼカリヤ書

●真理は、あなた方を自由にするであろうーーマラキ書
 
●聖書はパノラマ

posted by 道川勇雄 at 13:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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